icon-plane 第3回 独立で公用語文字が変わった国

第3回 独立で公用語文字が変わった国

 

今月8月31日はマレーシア独立60周年です。「マレーシア独立」と書きましたが、正確には独立した1957年時は「マラヤ連邦」という国名で、領土拡大とともに「マレーシア連邦」になったのは1963年です。マレーシアの場合、独立に際していろいろとほかの国ではみられないユニークなことがありました。今回はその一つ、文字の変更について取り上げます。

 

アラビア文字を使ったマレー語の表記とは

 

 「ジャウィ」というのをご存知でしょうか。「ジャウィ」とはアラビア文字を使ったマレー語表記のことで、現在でもところどころで使われています。例えば、マレー半島東海岸やジョホール州では町中の標識がローマ字とともに表記されています(写真参照)。また、マレーシアのお札の裏にもアラビア文字が書かれていますが、これもジャウィです。表記はアラビア文字なのですが、アラビア語の文法で書かれているのではなく、マレー語が書かれているのです。

 

 

独立前は「ジャウィ」表記が主流だった

 

 それでは、このジャウィはいつごろから使われているのでしょうか。
 マレー半島ではもともと文字がなかったらしく、15世紀初頭にマラッカ王国が建国され、その後にイスラーム教が伝播してからアラビア文字を使い始めたようです。当然、その当時はヨーロッパ勢は本格的に東南アジアに進出していませんでしたから、ローマ字を使うことはありませんでした。また、中国人も貿易でたびたびマレー半島周辺に来てはいましたが、漢字が表記文字になることはありませんでした。
 このアラビア文字表記はイスラーム教が伝わったスマトラ島やボルネオ島、ジャワ島などでも一般的に使用されていたようです。マレーの古典歴史書としても知られる『スジャラ・ムラユ』(邦題:マレー年代記)など重要な歴史文書はすべてジャウィで書かれました。
 19世紀になると英国植民地体制がマレー半島でも本格化しますが、派遣されてくる植民地官吏らの多くがマレー語を理解し、ジャウィをも読解していました。シンガポールの「発見者」としても有名なスタンフォード・ラッフルズも例外ではありません。
 そして19世紀になるとマレー半島でもマレー語での新聞が発行され始めます。1876年に創刊された週刊紙『Jawi Peranakan』はジャウィで発行されました。その後も数多くのマレー語の新聞が発刊されましたが、ジャウィでの表記が普通でした。
 20世紀になると一部の知識人などがローマ字でマレー語を書き始めました。1920年代以降にはインドネシア人ナショナリストたちがローマ字でインドネシア語を書き始めたので、これに倣ったのかもしれません。または、オスマン帝国が崩壊した後のトルコでもそれまでのアラビア文字表記をローマ字表記に変換していたので、それを参考にした可能性もあります。ただ、今のマレー語の綴りとはかなり違いました。この頃の時代のマレー人の多くはローマ字を読むことができませんでしたので、出版物は依然としてジャウィが主流だったのです。

 

独立に際して文字表記を変更

 

 戦後になってマレー語のローマ字表記が徐々に使われるようになりました。しかし、マラヤ連邦で正式にローマ字を使用し始めたのは1957年の独立に際してでした。
 トゥンク・アブドゥル・ラーマン初代首相は独立前夜、植民地時代最後の日であった1957年8月30日に記者会見を開きました。この会見で、「世界の流れのなかで、もはやジャウィの必要性がなくなった」と語り、マレー語表示をジャウィからローマ字表記(マレー語では「ルミ」と言います)に変更することを表明したのです。
 これはマレー人の一般の人たちにとってはかなりの衝撃であったに違いありません。何せそれまで使っていた文字ががらっと変わったのでしたから。

 

 この変更にはもう一つ理由がありました。マレー語を公用語にするにあたり、華人やインド人がジャウィでは理解できないという状況に陥ります。ただでさえ、彼らも違う文字を使用しているので、さらに馴染みのない文字を身につけるのにはかなりの時間がかかります。このため、英語にほとんど問題のなかった彼らにマレー語を公用語として受け入れてもらうためには文字をローマ字に大胆にも変えるという必要があったのです。
 ちなみに、ジャウィはマレー人の大半は読んだり書いたりもできます。初等学校などでも教えられるためです。イスラーム関連の公式文書は現在もジャウィで表記されていることもあります。ただ、筆記ではローマ字が圧倒的に現在は使われており、ジャウィで書くことはあまりないのも現状です。また、ジャウィ表記とローマ字表記では発音が多少違うという難点があり、宗教指導者らが今も苦情を呈しています。
 次回も独立時のユニークさについて取り上げます。
 
 

 

 

伊藤充臣■在馬12年目。マラヤ大学の歴史学科で修士号と博士号をだらだらと10年がかりで取得。趣味は読書と語学勉強。最近は日本の小説に読みふけっていると同時にミャンマー語の勉強も始めた。