icon-plane 東南アジア的テキトーのススメ 第七回 周りの目を気にしない 他人のことは気にしない

東南アジア的テキトーのススメ 第七回 周りの目を気にしない 他人のことは気にしない

 

マレーシアに来てうつ病が治った筆者による人気コラム。マレーシアにくるとストレスがないのは、周りの目を気にしない社会にによるところが大きいと語ります。

 

周りの気持ちを汲んで自分の行動が規定される日本社会

 

 日本にいるといつも周りの目を気にしなくてはなりません。それも無意識に。ある程度気にするのは仕方がないのかもしれませんが、過剰に気にするとやはり精神的に毒です。一方で、マレーシアは周りの目はほとんど気にしない社会で、この点では仕事をしていても、日常生活でも非常に楽なところでストレスにはなりません。

 

 私も日本にいたときには周りの目を気にしすぎたこともありましたし、それをストレスと感じ、憂鬱になったときもありました。日本では昔ですと、少しでも子どものマナーが悪いと「あの家はしつけがなっていない」などとコソコソと言われていたものです。こう言われないためにしつけはしっかりと教えられたのでした。こういった習慣があるために日本は規律性の高い国になったことは否めません。しかし、です。

 

 どんなときでも周りの目を気にする習慣がついてしまっているため、それが相当のストレスになっていることも否めません。「こんなこと言ったらどう思われるだろう」「あんなことしたら嫌われるのではないか」などなど、周りの気持ちを汲んだ形で自分の行動が規定されるように思えます。

 

マレーシアは他のアジア諸国と比べても他人の目を気にしない

 

 一方で、アジア諸国では周りの目なぞ気にはしません。特にマレーシアの場合は顕著です。前回までいろいろとお話したとおり、マイペースでわがままに行く人たちが多いのです。例えば、車の車体がぶつかっても直さずにそのままで走ったりしています。恥じらいがないのかといわれればそれまでなのですが、逆に言うと、それほど周りを気にせずに生きている証でもあります。

 

 これはマレーシア特有の社会だからでしょう。前にもお話したように、マレーシアはマレー人や華人、インド人などがそれぞれ独自の文化を守り、それぞれの生活圏で生きています。それぞれのアイデンティティーも強いため、自ずと自己主張が強いのです。私の経験からすると、他のアジア諸国と比べても強いように思います。

 

 自己主張が強いということが、他の人のことを気にしないということにもつながっているのではないでしょうか。我道をゆくといった感じです。本人たちは周りの目はまったく気にせずに行動します。

 

 先日、フェイスブック上で流れた映像を見て、やはり人のことは気にしないんだなあと思いました。あるショッピングモールの前の路上で、駐車禁止のところに駐車をした華人がいました。しばらくすると、市役所の駐車取締官がやってきて違反切符を切りました(マレーシアでは駐車違反の取り締まりは警察ではありません)。そこへこの華人男性とその家族が車に戻ってきて取締官と口論になったのです。華人男性は大声で何度も、「5分だけ止めていたのになぜダメなんだ!」と主張。結果的に取締官と大喧嘩しながらも、違反切符は持っていって逃げました。

 

 また、学校に持っていくお弁当の見栄えをまったく気にしない、子どもを置いて母親が外国に遊びに行く、小中学校で先生が授業によく来ない(天候や家族の事情で)、大通りで車が猛スピードで走っているのに母親は車が走る側に子どもを歩かせるなどなど、こんな例は枚挙に暇はありません。他人のことも、自分の子どものこともお構いなし! 極端な話、自分だけよければそれでいいのです。

 

 こういった社会に住むと、日本の周りを気にしすぎる姿が何だか異常に思えます。礼儀正しく、謙虚に慎ましやかな態度で人と接するのは日本の美とも言っていいのかもしれません。マレーシアほどの極端に自己主張が強すぎるのも問題だと思いますが、鬱になるまで周りの目や他人のことを気にしすぎる必要はあるでしょうか。日本人は自己主張をちょっとは強めてもいいのではないでしょうか。マレーシアから見ているとそう思ってしまいます。

 

プロフィール:ちゃらんぽらん王子

 

海外滞在歴約20年。東京で編集の仕事をしていたとき、3年にわたりうつ病を患っていたが、東南アジアに移り住んで自然治癒して今に至る。現在はマレーシアを拠点。インドネシアやタイ、ヨーロッパにこれまで滞在。