icon-plane 日本的ムラ社会の原因は「社会的ビクビク人間」

日本的ムラ社会の原因は「社会的ビクビク人間」

 

マレーシアの日本人の中には「日本人同士の付き合いはマレーシア人と付き合うより大変だ」と口にする人が少なくない。日本の村社会的な人付き合いが息苦しいというのだ。見知らぬ他人を信頼する力が高いと言われるマレーシア人。では日本人の閉塞感の原因はどこにあるのだろうか? モナッシュ大学で教える渡部先生に聞いてみた。

 

 


一橋大学教授の社会心理学者、山岸俊男の研究チームが行った興味深い心理学実験がある。

 

見知らぬ他人を信頼する人は騙されにくい

 

彼らは参加者を、他人に対する信頼の高い人と低い人にグループ分けし、「自分が他の人に、裏切られるかもしれない状況」に置いた。そして、その「他の人」が自分を本当に裏切るかどうかを判定させた。ここでいう「信頼の高い人」とは、見知らぬ他人一般を信頼するような人で、友人や同僚などすでに知っている人を信頼するという意味ではない。

 

一般常識で考えると、見知らぬ他人を信頼する「お人よし」は騙されやすいのではないかと思われる。だが実験では、それとは正反対の結果が出た。つまり他人を信頼する人の方が、自分を騙そうとする人をうまく「見抜く」ことが出来たのだ。

 

 山岸教授は、この結果を「他人を信頼する人(高信頼者)は、常に人に騙されるかもしれないリスクにさらされている。だからこそ、他人の本質を見抜く「社会的知性」を発達させる必要がある。他人を信頼していない人(低信頼者)は、そのようなリスクが少ないため、他人を見抜く必要性は少ない」と説明する。 

 

人を信頼しない「社会的ビクビク人間」は、人間関係に干渉する

 

さらにさまざまな研究によって、「高信頼者」は自分の目によって、付き合うべき人を選別するのに対して、「低信頼者」は別のやり方で人間関係を維持することがわかってきている。それは「常に他人同士の人間関係に敏感で」、「他の人同士の人間関係に干渉する」というものだ。

 

低信頼者は、自分が他人を信頼できないため、他人も自分のことを信頼していないと思うことが多い。そのため、表立っては気を使ういい人を装う。しかし他人を信じていないため、本音の部分では、表の顔よりもずっと「嫌な人」になってしまう。さらに、他人の人物そのものに向き合ったり、他人の本質を見ようするよりも、誰と誰が仲が良いか、自分の味方は誰か、といった「人間関係ネットワーク」の情報を集めたがる。自分の知らないところで、他の人たちが仲良くしていると、不安なのだ。山岸教授はこのような人を「社会的ビクビク人間」と呼んでいる。

 

そういう人が、権力のあるポジションにつくと、面倒なことが起こる。自分の気に入らない人に対し、自分が冷たく当たるだけではなく、他の人にも「あの人と付き合わないように」とプレッシャーをかける。つまり人間関係のネットワークに干渉する。

 

私は、日本的ムラ社会のしがらみの本質はここにあると考えている。職場や学校でのいじめは世界中にあるが、日本で特に特徴的なのは、「皆がいじめ対象の子を無視する」ことだ。それは、いじめっ子が「あいつとは話すな、関わるな」というプレッシャーを周りにかけ、人間関係に干渉した結果である。それを知っている者は、ますますビクビクし、「皆からハブられる」ことを恐れ、人間関係に疲れていくのだ。

 

どうすれば村社会から逃げられるのか

 

ムラ社会のしがらみから逃れるためには、どうすべきか。これまでの研究と私の経験を合わせていうならば、出会った人それぞれと「本当の」コミュニケーションをとり、相手の本質を知ろうとすることだ。相手の仕事、会社、学歴、収入などという背景情報ではなく、相手がどんな価値観を持ち、どのような生き方をし、どんな性格なのか、といった本質を知ろうとするコミュニケーションが重要だ。

 

そのうえで、尊敬でき、信頼に足る人との付き合いを大切にする。ただし、相手にもそう思ってもらわねば、付き合いは続かない。そのためには、自分が付き合いたいと思うレベルの人間になれるよう、自己鍛錬する、というプロセスも同時に必要になる。それに加え、ひとつひとつの出会いや縁を大切にする姿勢が必要だ。信頼に足る人と出会えるチャンスをふいにしないためだ・

 

マレーシアから学ぶコミュニケーションの本質

 

それは簡単ではない、だが、そこに至らないまでも、自己鍛錬することを止めない者は、やがて多くの人々からの信頼を集め、人生を豊かにできるのだと考えている。グローバル化が進む今、日本人に求められているのは、「相手の本質を知る」コミュニケ―ションスタイルへのシフトなのだと思う。

 

多民族他宗教の人々が混在するマレーシアでは、日本的なやり方で人間関係ネットワークに口出しするのは難しい。それに私がこちらで行った実験では、マレーシア人の方が日本人よりも他者に対する信頼が高いという結果を得ている。ここから考えると、マレーシア人との付き合いこそ、相手の本質を知るためのコミュニケーションが必要となるはずだ。そんなコミュニケーションを、しかも英語でとれるチャンスが、マレーシア在住の私たちにはある。もちろん、実践するのは相当大変だとは思うが、グローバル化時代のコミュニケーションの訓練をするには、うってつけの環境に私たちはいるのではないだろうか。

 

渡部 幹(わたべ・もとき)
モナッシュ大学マレーシア校 スクールオブビジネス ニューロビジネス分野 准教授

 

UCLA社会学研究科Ph.Dコース修了。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。現在はニューロビジネスという大脳生理学と経営学の融合プロジェクトのディレクターを務めている。社会心理学を中心として、社会神経科学、行動経済学を横断するような研究を行っている。また2008年に共著で出版した講談社新書『不機嫌な職場』が28万部のヒットとなったことをきっかけに、組織行動論、メンタルヘルス分野にも研究領域を拡げ、企業研修やビジネス講師等も行っている。
代表的な著書に『不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか』(共著、講談社刊)。その他『ソフトローの基礎理論』(有斐閣刊)、『入門・政経経済学方法論』、『フリーライダー あなたの隣のただのり社員』 (共著、講談社)など多数。

 

記事掲載日時:2018年01月10日 08:30