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なぜ私たちは日本人選手が活躍すると嬉しいのか?

 

オリンピックで日本人が活躍すると嬉しくなる人は多いだろう。しかしなぜ、私たちは同じ日本人の選手が活躍すると嬉しく思うのだろうか? その理由は私たちの持つ「社会的アイデンティティ」に関係あるという。社会心理学者的に解説してもらった。

 

平昌五輪が開幕し、日本選手のメダルも増えてきた。この原稿を書いている時点で、フィギュアスケートの羽生結弦選手とスピードスケートの小平奈緒選手が金メダルを獲得している。

 

なぜ、日本人が活躍すると嬉しくなるのか?

 

日本人がメダルを取ると、日本人として嬉しく思う。筆者も嬉しい。しかし、考えてみれば、筆者と羽生選手の間には、何の縁もない。生涯お会いすることはないだろうし、一生無関係で過ごす可能性の方が圧倒的に高い。小平選手にしても同じだ。そして無関係、という点では、大多数の日本人がそうだろう。

 

にも拘わらず、私たちは日本人選手が活躍すると嬉しくなる。これはなぜだろうか。

 

社会心理学では、人は自分自身のアイデンティティ(自分が自分である理由)を、自分が所属するグループに重ね合わせるからだと説明する。平たく言えば、自分の所属するグループやそのグループの誰かが得た評価を自分への評価と「思いこむ」のだ。これを社会的アイデンティティと呼ぶ。

 

ワールドカップで日本チームが勝つ、高校野球で地元の高校が勝つ、同じ県出身の選手が活躍する、日本人がノーベル賞を取る。こういった出来事を嬉しく感じるのは人間として自然のことなのだ。

 

社会的アイデンティティは狩猟採集社会の名残だった

 

人間の歴史の95%ほどは、狩猟採集社会だった。文明がおきたのははここ6000年程度で、人類史からみるとごく最近に過ぎない。すると私たちの心理メカニズムの大部分は、狩猟採集社会の中で形づくられたと考える方が自然だ。

 

この考え方に基づくと、個体では動物に勝てない人間が、狩猟採集で生き残れたのは、集団で狩りをする技術を発達させたからだと言われている。社会的アイデンティティを持つ人々が多い集団とそうでない集団では、狩りなどの作業のとき、アイデンティティのあるなしによって、効率が断然に違ってくるだろう。社会的アイデンティティを持っている人は、集団が良くなるために率先して行動するからだ。

 

このように、人間が集団として秩序ある行動をするときに、社会的アイデンティティは重要な役割を果たす。

 

強すぎる集団的アイデンティティには負の側面も

 

だが、社会的アイデンティティには負の側面もある。集団と自分のアイデンティティの重ね合わせがあまりに強いと、「滅私奉公」が行き過ぎて、個々人の自由が奪われたり、極端な自集団ひいきが起こったりする。これが国単位で起こると、全体主義や国粋主義になりかねない。あるいは、ワールドカップでPKを外して敗北を決めてしまった選手を射殺したりしてしまう。行き過ぎた社会的アイデンティティは危険である。

 

だからこそ、スポーツでは、ことさらに「スポーツマンシップ」を強調する。競技時以外では、友好と平和が謳われる。国を単位とした社会的アイデンティティを強調する場であるからこそ、そういうことが必要なのだ。

 

日本人がマレーシアのアイデンティティを持つこともできる

 

ところで、一人のひとが持つ社会的アイデンティティは一つではない。アイデンティティを重ね合わせるのは、日本人という集団だけでなく、自分の所属する会社、住んでいる地域、出身県、出身校など、幾重にもある。オリンピックでは「国」という集団が強調されるが、野球やサッカーの国内リーグを見るときは、日本の中のもっと小さな集団のアイデンティティが強調される。その場その場で重ね合わせる集団は変わってくる。

 

ならば、マレーシアに住む我々が、マレーシアという国のアイデンティティを持つことはあるだろうか。マレーシアの方と結婚したり、マレーシアの方を家族に持つ人はそうなるだろう。だが、そういった血縁などなくても、マレーシアアイデンティティは持ち得る。それは。どれだけマレーシアと深く関わっているか、によって決まる。
地元の方々と交流し、その文化を深く知り、彼らの伝統をリスペクトする。その視点があると自ずと、マレーシアを応援したくなってくるはずだ。

 

今回の平昌五輪では、マレーシアも数人の選手を送り込んでいる。中でも、フィギュア男子のジュリアン・イー・ジージエ選手に筆者と家族は注目していた。中華系マレーシア人の彼は、ウインタースポーツがマイナーなマレーシアで、苦労してオリンピック出場を果たした選手だ。幼少の頃からスケートをはじめて、その才能を見せていたが、スケートリンクの少ないマレーシアでは、練習場を確保するのも一苦労だった。彼は2016年までずっとサンウェイピラミッド・ショッピングモールにある一般用リンクで練習をしていたという。マイナースポーツのため、スポンサーへの期待は非常に低い。プロのコーチなど雇えるお金もない。身内からの援助を得ては、何とか世界選手権等の国際大会に出るという連続。2017年、とうとう国際大会で6位に入賞する快挙をなしとげ、オリンピック出場が決まった。だが、オリンピックに行こうにも費用がない。国からの援助額は限られ、身内からのサポートも枯渇する。ならば、と、周囲の有志がファンディング支援をし、やっとのことで平昌に行くことができたのだ。

 

ショートプログラムの彼の演技は、世界最高峰の羽生選手や宇野選手には及ばないものの、小さなワンミスのみの、美しく見事な演技だった。ポイントは自己最高得点。終わった後の彼の表情からも達成感・充実感がうかがえた。ところが、全競技者による演技後の彼の順位は25位。フリーに出場できる24人の枠にあと一歩及ばず、大変悔しい結果に終わった。

 

戦後の焼け野原から70年。日本はいくつかのスポーツについては、世界最高峰で戦えるまでに成長した。だがその過程では、ジュリアン選手のように、練習環境や遠征費用が足かせとなって才能を活かしきれなかったアスリートが山ほどいただろう。ましてや、マイナースポーツならばなおさらだ。マレーシアのスポーツアスリートがこれから羽ばたけるように、筆者もマレーシアアイデンティティをもう少し強くもって、応援したい。

 

 

渡部 幹(わたべ・もとき)
モナッシュ大学マレーシア校 スクールオブビジネス ニューロビジネス分野 准教授

 

UCLA社会学研究科Ph.Dコース修了。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。現在はニューロビジネスという大脳生理学と経営学の融合プロジェクトのディレクターを務めている。社会心理学を中心として、社会神経科学、行動経済学を横断するような研究を行っている。また2008年に共著で出版した講談社新書『不機嫌な職場』が28万部のヒットとなったことをきっかけに、組織行動論、メンタルヘルス分野にも研究領域を拡げ、企業研修やビジネス講師等も行っている。
代表的な著書に『不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか』(共著、講談社刊)。その他『ソフトローの基礎理論』(有斐閣刊)、『入門・政経経済学方法論』、『フリーライダー あなたの隣のただのり社員』 (共著、講談社)など多数。

 

記事掲載日時:2018年02月20日 19:27