icon-plane 【緊急コラム】政権交代はなぜ起きたのかーー マレーシア民族別政党の終焉

【緊急コラム】政権交代はなぜ起きたのかーー マレーシア民族別政党の終焉

 

マラヤ大学の歴史学科で博士号を取り、マレーシアマガジンでおなじみの伊藤充臣さんに、今回のマレーシアの政権交代をどう見るかを執筆してもらいました。連載「モンスーンの下で―マレーシアから見た東南アジア史」特別編としてお送りします。

 

感情的にならず、民族の垣根を超えた人々

 

 5月9日に行われた第14回下院議員総選挙はマレーシアの歴史で大きな転換期となりました。

 

 連立与党、国民戦線(BN)がマハティール氏率いる希望同盟(PH)に政権を奪われ、政権交代が起きました。詳細はほかに譲りますが、同時に行われた州議会議員選挙で9つの州議会を野党が制したこと、アンワル・イブラヒム元副首相の妻で人民正義党(PKR)ワン・アジザ総裁が女性として初めて副首相になること、92歳のマハティール氏が世界最高齢の首相として返り咲いたことは、それぞれマレーシア史上初で特筆に値するでしょう。

 

 今回の総選挙をみていて、それ以上に驚いたことは、人々に民族の垣根を超えた「マレーシア人」の意識がしっかりと根づいたこと。感情的にならず、冷静に政治を見る力が成熟したと感じる場面が多々あったことです。政権交代が確定した次の日も人々は冷静に事態を受け入れ、暴動が発生しなかったことは精神的に成熟した証でしょう。
 

 

民族別政党の限界を示したBN

 

 独立から政権交代がなかったマレーシアですが、今回の総選挙で政党の連立の仕組みが大きく変わっていく可能性があります。
 13政党からなる連立政党BNは、先に私のコラムでご説明したとおり、独立前に統一マレー国民組織(UMNO)、マレーシア華人協会(MCA)、マレーシア・インド人会議(MIC)の3党が連盟党という連立政党を設立したのがはじまりです。1973年に11政党が組んで、ナジブ前首相の父が現在のBNを作りました。

 

 今回の選挙でBNの中核ともなるマレーシア華人協会(MCA)は7議席からわずか1議席に激減。副総裁以外は全員落選という事態に陥り、党解体にもつながりかねない状況です。党総裁が華人系の民主行動党(DAP)に破れ、存在意義すら問われる結果にもなりました。MCAは華人系代表の政権党でありながら、華人系有権者から支持を得られない政党として選挙ごとに議席を減らしてきていたのです。

 

 また、同じく独立以来、一貫してUMNOと連立を組んできたマレーシア・インド人会議(MIC)の打撃も大きい。4議席あった議席は2議席になりました。政府のなかでインド人を代表する政党ですが、総裁自身が落選。MCAとともに党そのものが力を失う結果となりました。

 

 BNの中心政党で、マレー人政党の統一マレー国民組織(UMNO)自体も大きく議席を落としました。UNNOの公示前は87議席でしたが、今回の総選挙で54議席に激減。マレー人有権者から離反を受け、一部の調査ではマレー人有権者のうち約10%が野党を支持する衝撃的な結果も事前に出ていました。
 サバ州とサラワク州の地域政党も軒並み議席を落としました。BNを構成する政党の存在意義を問われる結果となり、BN自体の根本的な枠組みの見直しが必須です。10日にはサバ地域政党UPKOがBNからの離脱を表明しています。

 

各民族の利益代表V.S.マレーシア人のための政党の戦いだった

 

 与党であるUMNO、MCA、MICはそれぞれマレー人、華人、インド人のみの党員で構成されており、BNという連立組織の中、それぞれの民族の利益代表者として存在しています。

 

 一方で、希望同盟の中核となる人民正義党(PKR)や民主行動党(DAP)の各党は、どの民族も党員加入ができる政党です。政治思想は違いますが、根本的に三大民族の党員がそれぞれいます。

 

 つまり、対立軸は、各民族の利益代表者の集団対すべてのマレーシア人のための集団だったのではないでしょうか。

 

 歴史的な詳しい話は前の私のコラムに譲りますが、この2つの対立軸はすでに独立当初からあって、前者のほうがこれまで国民の間では強かったのです。豚やアルコールを禁じているイスラム教徒が暮らす社会で、豚とアルコールを毎日摂取する華人がいたりする。生活形態も文化言語もまったく違う民族が共存するなか、互いの文化的民族的なアイデンティティーを維持してきたのは当然でしょう。

 

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中国語を学ぶマレー人にみる意識の変化

 

 特にマレー人の場合、マレー人保護を訴え、1970年以降は政府の庇護のもとに多くを享受してきました。華人が多い社会で、政治的経済的な脅威を感じてきたためです。その結果、UMNOや全マレーシア・イスラム党(PAS)への強い支持があったのです。

 

 昨今マレー人をみていると、中国語を勉強したり、中国正月を共に祝ったりと華人に歩み寄る姿をよく見かけます。私が知る限り、これは10年前にはみられなかった現象です。民族アイデンティティーを維持しつつも、マレー人側が華人を知るようになってきたことは、とてもいいことで、それと同時に華人が同じ国民だという認識がマレー人の間に浸透してきたのでしょう。今回の総選挙中に驚いたことの一つはPASのポスターが中国語で漢字でも書かれ、華人への投票を訴えていたことです。これも以前にはみられなかった現象でしょう。

 

 

 また、英語もマレー語も話す華人たちは、先祖の国である中国とは一線を画すアイデンティティーをもっており、マレーシアでマレー人やインド人と共存していかなければならない認識を深く感じています。移民してきた世代から3~4代も経った華人にとってマレーシアは自分の祖国なのです。

 

 こういった流れのなかで希望同盟が過半数を制したのは自然の流れだったのかもしれません。確かにナジブ前首相の政府系投資会社の不正流用疑惑や妻によるモンゴル人爆殺疑惑といった数々の疑惑が取り沙汰され、さらに物品サービス税(GST)による物価高騰と庶民にとってはやりきれない思いがここ10年つもりに積もった結果だったのかもしれません。しかし、多民族が共存するマレーシア社会のなかで民族を超えた「マレーシア人」の意識の発展は必然であったと思います。

 

ナジブ前首相は在任当初から、多民族と多様性を尊重して融和を図る「1マレーシア」を訴えてきましたが、政権交代は皮肉にもこの「1マレーシア」がかなり浸透したためにかなったと言ってもいいのではないでしょうか。そういう点でナジブ氏はマレーシア政治に大きな貢献をしたことになります。

 


写真は、王宮付近でマハティール新首相を待つ支持者ら

 

 

伊藤充臣■在馬12年目。マラヤ大学の歴史学科で修士号と博士号をだらだらと10年がかりで取得。趣味は読書と語学勉強。最近は日本の小説に読みふけっていると同時にミャンマー語の勉強も始めた。

 

記事掲載日時:2018年05月11日 09:55