icon-plane グローバル時代に求められるのは「セルフプロデュース能力」だ

グローバル時代に求められるのは「セルフプロデュース能力」だ

 

グローバル時代には、SNSで個人が世界と繋がることができると言われる。漠然とそう言われても、「実際にはどうやるのか」と思う人も多いだろう。バンサーのTea Pressで展覧会をやった画家に、そのヒントを教えてもらった。

 

クアラルンプール郊外のバンサー、Jalan Telawi沿いにある日本茶のカフェ、Tea Press(注)は、日本茶はもちろん、和菓子、洋菓子も素晴らしい。その上、食事も大変美味しく、家族でお世話になっているお店だ。

 

そんなTea Pressに先月末、ふらりと寄ったところ、なんとも魅力的な絵画がたくさん展示してあった。レトロで漫画的、そしてものすごく緻密。大正ロマネスクを彷彿とさせる画風で、筆者の世代感覚でいえば、そのテイストは丸尾末広のようで、緻密さは花輪和一のようだ。だが彼らのような猟奇性や陰惨さはなく、むしろポップな明るさを持っている。筆者は一発でファンになった。

 

現在必要になる「セルフプロデュースの能力」

 

絵を描いたのは、橋本薫さん。神戸出身の女性画伯だ。たまたま、橋本さんも店にいらっしゃったので、お話を伺うことができたが、そのとき、筆者はものすごく驚いた。彼女の画家としての才能はもちろん、それを自己プロデュースする高い能力に感嘆したのだ。

 

 

橋本さんは、幼い頃から絵を描くのが好きで、高校は名門の美術科に進学。だが、そこで自分以上の才能が山のようにいることを目の当たりにする。経済的な事情もあり、美大に進むことを断念。卒業後は、絵の道を諦め、普通の会社員として勤務していた。7年経ち、ふと絵が恋しくなった瞬間があった。筆をとって描き始めたら、もう、止まらなかった。

 

暇を惜しんで、描き続けていった。友人の似顔絵を描くとそれが評判となり、どんどん依頼が舞い込む。「自分の絵をもっとたくさんの人に見てもらいたい」という思いは強くなっていったという。

 

絵を再び描き始めてから、彼女は自分のFacebookをがらりと変え、自身の作品の写真を中心にアップするようになった。そのうち、地元の神戸市内の居酒屋(!)から、展示依頼が来たのをきっかけに、地元で小さな個展を開くようになった。

 

だが彼女は、「自分の絵を、『世界中の人々』に見てもらいたい」という想いを持っていた。そこでFacebookを通じて、自身で売り込みをかけた。やがて、シンガポールのレストランが好意的な反応をくれて、個展を開かせてもらえることに。それを皮切りに、タイやパリでの個展が決まった。それらはすべて自分でSNSを駆使して売り込みをしたからだ。

 

自分で制作し、自分で営業する。個展は開かせてもらえるものの、交通費、滞在費を出してもらえるわけではない。自分の作品が売れて、マージンを支払った残りだけが収入となる。近場ならばともかく、海外ならば交通費、滞在費は馬鹿にならない。収支を黒字にするためには、できるだけ多くの人に自分の絵を見てもらう他、効率的な展示が必要だ。

 

本年2月に兵庫県パリ事務所での個展開催が決まり、パリを訪問した。しかし、それだけでは黒字にならない。彼女は、地元神戸が発祥のジュンク堂がパリ支店を持っていることを知り、個展開催を打診した。ワークショップの開催を条件に、承諾を得たが、それでもまだ黒字にはならない。他にチャンスがないか探して突き止めたのは、パリのユニクロだった。だがユニクロは現地法人で、日本語はおろか、英語も通じない。だが彼女は、辞書と首っ引きでフランス語のレジュメを一晩で書き上げ、翌日持ち込んだという。結果、その場での個展は難しかったものの、7月の開催承諾を得ることができた。

 

今回のマレーシアでも、Tea Press展示をきっかけに、地元のメディアからの取材が相次ぎ、さらに6月にゲンティン・ハイランドとマレーシア伊勢丹にて個展を開くチャンスを得た。

 

こうして見ると、彼女自身が、素晴らしいアーティストであるばかりでなく、セルフプロデュース力も相当優れていることがわかる。芸術畑の人は、ちょっと社会常識からは外れている(学者も!)といったステレオタイプを持ちがちだが、彼女にお会いすると、そのステレオタイプが間違いだということがわかる。つまり、ビジネスパーソンとして有能なのだ。

 

世界に自分の才能を見せられる時代にどう動くか

 

彼女が世界に出るきっかけはSNSだった。ソーシャルメディアをフルに活用し、人脈を広げ、培った人脈でさらなるチャンスを得る。そういったことは、グローバル化以前のビジネスではできなかったことだ。彼女の社会人としての経験が、これを可能にさせていることは想像に難くない。

 

以前からこのコラムで述べているように、日本人は新しい関係に飛び込んでいくのが苦手だ。関係を作るのにも切るのにも、時間的、心理的に大きなコストがかかる(と思い込んでいる)。

 

しかし、世界はもっとダイナミックだ。彼女はそのダイナミズムを実にうまく活かしていると感じた。自分をアピールできるチャンスがあれば、できないフランス語でレジュメを一晩で書いてしまうのだ。「えー、フランス語できないし、そーゆーの無理」などとは思わない。眼の前にあるチャンスを今掴むべく、必要な行動を即座に取る。この決断力と行動力が今の日本人に求められているものだと筆者には感じられる。

 

今は世界に自分の才能を直に見せられる時代だ。若い世代はそのことを敏感に感じ取っている。日本の中学生のなりたいものの1位が「ユーチューバー」であるのも、その時代を象徴しているからだろう。

 

彼女がマレーシアに来て多くのチャンスを掴んだということは、マレーシアは日本よりもそのダイナミズムが大きいということだ。いいものがあれば人々はよりすばやく、よりダイレクトに反応してくれる。この環境を活かして、人脈、ビジネスなど、自分オリジナルの「何か」を広げてみるアイディアを実行してみてはどうだろうか。

 

(注)
このTea Press、自社の製品以外にも、マレーシア・日本での「良いもの」を販売、展示している。社長の永井祥貴さんは「日本人は、手間を掛けた本物、優れたものが好きで、それを世界に提供しようとしている。国内外を問わず「優れたもの」を、ウチで見てもらえられば」と考え、ジャンルを問わず、様々な企画、展示等を行っている。

 

 

渡部 幹(わたべ・もとき)
モナッシュ大学マレーシア校 スクールオブビジネス ニューロビジネス分野 准教授

 

UCLA社会学研究科Ph.Dコース修了。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。現在はニューロビジネスという大脳生理学と経営学の融合プロジェクトのディレクターを務めている。社会心理学を中心として、社会神経科学、行動経済学を横断するような研究を行っている。また2008年に共著で出版した講談社新書『不機嫌な職場』が28万部のヒットとなったことをきっかけに、組織行動論、メンタルヘルス分野にも研究領域を拡げ、企業研修やビジネス講師等も行っている。
代表的な著書に『不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか』(共著、講談社刊)。その他『ソフトローの基礎理論』(有斐閣刊)、『入門・政経経済学方法論』、『フリーライダー あなたの隣のただのり社員』 (共著、講談社)など多数。

 

記事掲載日時:2018年05月17日 01:28