icon-plane 中華式の商売に学ぶべきか

中華式の商売に学ぶべきか

 

このコラムでは、マレーシアから学ぶべきこと、をテーマに、日本人として「国際化の先輩」であるマレーシアから何を学べるかについて述べている。これまでここで書いてきたことは、筆者が、少なくともある程度確信をもって「学ぶべき」と思ったトピックだったが、今日は「学ぶべきかどうか正直迷っている」ことについて書きたいと思う。

 

先日、小学校1年になる息子の「ラーニング・セレブレーション」に行ってきたときのことだ。息子の学校はインターナショナル・バカロレア(IB)の採用校で、そこでは学期に1,2回、ラーニング・セレブレーションと呼ばれる授業参観日が設けられる。だが、その学校のものは日本の授業参観とはちょっと違っている。日常の授業をするのではなく、生徒たちが父兄向けに準備したプレゼンや催しをして、自分たちが学んだことをアピールするのだ。その内容は、毎回違っていて面白いのだが、今学期、息子のクラスでは、模擬店を開いた。

 

ものの売り買いを学ぶイベント

 

生徒たちは、あらかじめ自分たちで、野菜や果物、魚や肉を、紙などで工作して色を塗って、本物みたいに作り、セレブレーション当日は、それらを父兄向けに「売る」のだ。もちろん、本物のお金は使わず、先生が印刷して作った「仮想通貨」が父兄に配られ、それを使う。クラスで習った算数の足し算、引き算を使い、そして自分たちの生活が、お店があることで成り立っているという「コミュニティ感覚」を学ぶためのイベントだった。

 

なかにはまだ計算に不慣れな子もいて、おつりの概念もよくわからない。父兄は買い物しながら「こうするのよ」と教えたりしていたり、子供たち同士でおつりの額について議論が始まったりして、微笑ましいものだった。

 

「値段交渉」はいつ教えるべきか

 

だが筆者にとって一番インパクトがあったのは、むしろ親の方だった。あるマレーシア華人のお母さんが「なんでこの野菜が10リンギットでこっちは5リンギットなの? こっちも5リンギットに負けて?」と値段交渉を始めてしまったのだ。おつり計算さえままならない子供たちは、半分パニックになり、言われるがままに、商品を渡していた。

 

これだけならば、笑い話なのだが、筆者は考えこんでしまった。市場での値段交渉は、生活の場ではよく行われることであり、特に華人の人々にとっては日常茶飯事だ。自分たちに有利な結果になるよう、大きなビジネス商談から、市場での買い物に至るまで、さまざまなところで交渉する。

 

それに対し、日本人はあまり交渉に慣れていない。特に幼少の子供への教育は、社会の決まりを学び、守ることに主眼が置かれるため、「交渉の仕方」などは、むしろ避けられる項目だ。だが、世界にでると、そこは交渉の世界だ。仕事の契約から一時的なビジネスまで、交渉と契約によって世界は動いている。

 

公共性の重要さと自己利益の追求の折り合い

 

極端に言えば、マレーシアでは、とくに華人の人々は、小さいころからその準備と訓練を積んでいると言える。その意味で、グローバル社会を生き抜く知恵として、幼少の頃から交渉術を学ぶは悪いことではないだろう。

 

だが筆者が手放しでこれを推奨できないのは、交渉の背景にあるのが「自己利益最大化」だからだ。幼少の頃から、交渉術を教えることは、同時に自己利益最大化の価値観を強く肯定することでもある。その一方で、自己利益にとらわれない公共性の重要さを説かなくてならない。両者は基本的に矛盾することが多く、いかにこの両者が両立できるかについて、「公共哲学」という分野ができているくらいだ。両者を同時に教えるとなると、小さい子供は間違いなく混乱するだろう。

 

だから日本の教育プログラムでは、まずは公共性だけをしっかり教える、という方針は理解できる。自己利益だけを追いかけるのは「美学」や「品格」に反するという武士道的な考えは素晴らしいと思う。だが、現実問題としてグローバル社会では、自己利益最大化のために、こういった交渉術を身に着けておくのは必須だ。

 

この体験だけではない。以前、ダイヤモンドオンラインでこんな記事(https://diamond.jp/articles/dol-creditcard/87972)を書いたが、この時も、中華系の「商売的聡さ」に驚いたものだ。華人のこのような商売のうまさが、中国の経済的躍進の文化的理由になっているのは間違いないだろう。

 

このようなわけで、この「自己利益のために交渉する」という規範を、いつから子供たちに教えるべきか、という点について、筆者はまだ答えを出せていない。だが、それがこれからの社会で生き残るための武器になることは、どこかの時点で教えなくてはならないのは間違いない。

 

公共性の重要さと自己利益の追求の折り合いをどのようにつけるか、筆者自身が迷っているところさえある。結局のところ、これは子供とともに考えるべき問題なのだろう。そして、それはマレーシアのようなダイバーシティ社会で生き抜くために、本当に真剣に取り組まねばならない問題だと思っている。

 

渡部 幹(わたべ・もとき)
モナッシュ大学マレーシア校 スクールオブビジネス ニューロビジネス分野 准教授

 

UCLA社会学研究科Ph.Dコース修了。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。現在はニューロビジネスという大脳生理学と経営学の融合プロジェクトのディレクターを務めている。社会心理学を中心として、社会神経科学、行動経済学を横断するような研究を行っている。また2008年に共著で出版した講談社新書『不機嫌な職場』が28万部のヒットとなったことをきっかけに、組織行動論、メンタルヘルス分野にも研究領域を拡げ、企業研修やビジネス講師等も行っている。
代表的な著書に『不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか』(共著、講談社刊)。その他『ソフトローの基礎理論』(有斐閣刊)、『入門・政経経済学方法論』、『フリーライダー あなたの隣のただのり社員』 (共著、講談社)など多数。

 

記事掲載日時:2018年06月13日 10:14