icon-plane 第24回 兄弟関係だったマラヤ大学とシンガポール国立大学

第24回 兄弟関係だったマラヤ大学とシンガポール国立大学

マレーシアには現在、数多くの国公私立大学が存在します。特に国立大学は近年、世界大学ランキングで年々順位が上昇。先ごろは発表された2018年度のランキングでマラヤ大学(UM)は第88位となりました。マレーシア最高峰と言われるUMはマレーシアで初めての大学として誕生。100年以上の歴史を誇り、多くの人材を輩出しています。今回はこのUMに焦点を当てます。

 

UMの起源はシンガポールの医療学校が始まり

 

英国の直轄植民地であったペナンやシンガポールでは1890年代、医師が不足していました。そこでシンガポールの華人らが、植民地政府に医療学校の創設を求めたのです。
 
しかし、政府は財政上の困難から設立費用の全額負担を渋ります。そしてその大半を陳情者らが負担するならとの条件で設立を認めました。華人らはすぐに資金集めを行い、政府が見積もった設立費用を上回る金額を確保。1905年9月にシンガポールに「海峡・マレー連合州政府医学専門学校」を創設しました。
 
この学校は当初、校長以外の教員はアルバイトで、カリキュラムは5年。初年度は華人やインド人、シンガポールに住む英国人ら23人の学生が入学しました。1910年には第一期生が卒業したのです。
 
1912年までには徐々に正規の教員も増えました。同年には英国のエドワード7世財団が同校に寄付を申し出、それと同時に名称を「エドワード7世医療学校」と改名。1920年代に解剖や外科などの教授陣を次々と雇用し、新キャンパスを作り徐々に拡大していきました。ちなみに、マハティール首相はこの名称での学校を卒業しています。
 
一方、シンガポールでは別の学校も立ち上がりました。1918年に設立されたシンガポール百周年記念委員会と地元名士らが「ラッフルズ・カレッジ」の創設を英国政府に求めたのです。シンガポールの創設者、トーマス・ラッフルズを讃えた文系の学校でした。同校は1929年に正式にオープンし、華人を中心に60人余りが入学しました、3年の課程でしたが、中退者が続出。評判が悪くなり、その後は入学者数が減少していったのですが、カリキュラムなどを改善して教育プログラムの質を高めていきました。
 
1930年代後半には大学への昇格を求める声もあがりましたが、時代は第二次世界大戦に突入していき、それどころではなくなりました。なお、「ラッフルズ・カレッジ」の卒業生にはリー・クアンユー元首相やマレーシアのアブドル・ラザク第2代首相などがいます。
 

統合による大学の創設と分裂へ

シンガポールのこの二つの学校は、大学ではありませんでした。しかし実は、戦前にはすでに英国植民地政府は大学の創設を検討していました。戦後になると、エドワード7世医療学校の卒業生らの希望もあり、政府は設立を真剣に検討を始めました。ロンドンから来た教育関連の専門家らが調査や検討を行い、1949年にエドワード7世医療学校とラッフルズ・カレッジが統合した形で「マラヤ大学」が創設されたのです。
 
新大学は医療と文系の学校がいっしょになった学校となりました。
 
マラヤ大学はもともとジョホール・バルに新キャンパスを建設する予定でした。しかし、1954年にキャンパスをシンガポールとクアラルンプールの2カ所に置くことにしました。クアラルンプールでの土地の選定の結果、プタリン・ジャヤ東部に位置する場所に決定。それが現在の場所なのです。50年代には次々と新しい学科ができあがっていきました。1954年までには生物学、植物学、動物学、工学、地学、哲学、教育学、マレー学や中国文学といったコースがあり、理系と文系さまざまな学問を学べたのです。
 
そして、マラヤ連邦政府は1961年にマラヤ大学を国立大学にすることを決定しました。マラヤ連邦内で初めての国立大学となったのです。しかし、当時はクアラルンプールとシンガポールにキャンパスがありました。シンガポールはまだ独立はしていませんでしたが、シンガポールキャンパスはシンガポール大学と名称を変更。その後シンガポール国立大学(NUS)となりました。つまり、UMとNUSは同じ学校を起源とし、兄弟のような関係なのです。マレーシア連邦結成を当時のラーマン首相は1961年に発表しましたが、面白いことに、マラヤ大学の名称は「マレーシア大学」には変更せず、いまもって「マラヤ大学」との名称を維持しています。
 
マラヤ大学はそれまで学部だけのコースだけでしたが、1979年に大学院を設立。80年代にはイスラーム学など新規学部や学科も誕生し、現在では学生数も2万人以上に達するマンモス大学です。なお、マラヤ大学の一部の校舎は50年代のキャンパス建設当時そのままのものをまだ使用しています。
 
マレーシア国内ではこのほか国立大学として1956年にマラ工科大学、1969年にマレーシア科学大学(USM)が創設されました。1970〜72年にはマレーシア国民大学(UKM)、マレーシア・プトラ大学(UPM)、マレーシア科学技術大学(UTM)が新設されていきます。現在、マレーシア国内には上記を含めて約70校の大学があり、州立の学校もいくつかあります。

 

伊藤充臣■在馬歴13年目。マラヤ大学人文社会学科歴史学科で修士と博士号を10年がかりで取得。趣味は読書と語学。専門の東南アジアを極めるため、最近ではクメール語に注力している。

 

記事掲載日時:2018年07月16日 19:23