icon-plane マハティール政権の対中政策

マハティール政権の対中政策

 

マハティール政権に変わってから、中国からの借款がからむ大型プロジェクトの中止が相次いでいる。特に「東部沿岸鉄道」の中止は大きく報道された。マレーシアはこの大国とどう付き合っていくのか。それはアジアの他の国のお手本になる可能性もあるという。サバ大学の大石准教授に解説してもらった。

 

マハティール政権になって、ナジブ政権が推進した中国からの借款が絡む大型インフラ整備のためのプロジェクトが軒並み中止ないし見直しとなっている。その一番の理由は、借款の利息の支払い額が大きく、将来、借款の返済が国家財政を大きく逼迫するとの懸念だ。

 

実際、中国からの借款で港湾施設を建設したスリランカが、融資への返済不能から港湾の使用権を百年間中国に明け渡し、港湾一帯が中国の事実上の租界になったことは、マハティール氏自身が今回首相になる前から指摘し続けたこともあり、マレーシアで広く知られている。

 

増え続けている中国からの投資

 

また中国方式の大型プロジェクトは、中国から必要資材を持ってくるだけでなく、現場労働者も連れてくるといういわば自己完結型となっている。地元への経済的な波及効果が少なく、また自分たちだけでいわば引きこもって生活している中国人現場労働者への地元の人々の目も厳しく、マレーシアの人々の間では歓迎されていない。

 

そんなプロジェクトの多くは、 中国が推進している「一帯一路」構想を担うものと見られている。「東部沿岸鉄道」(ECRL)事業はその代表的な例だ。

 

中東からインド洋を経て南シナ海に入り中国本土へと繋ぐこれまでの輸送ルートは、マラッカ海峡がその「チョークポイント」(隘路)となっている。このルートの代わりとして、インド洋からクラン港(首都クアラルンプールの積み出し港)に至り、ECRLでマレーシア半島を横断し、東部沿岸のクアンタン港から南シナ海に抜ける経路の開拓を中国は目論んでいる 。この意味でECRLは中国の国家戦略上、極めて重要な意味を持つ。

 

中国からの借款に加え中国からの投資も、ナジブ政権の下で増加の一途をたどった。その結果、第一次マハティール政権が重要な国家プロジェクトとして始めたプロトン自動車は、ナジブ政権により中国資本の傘下に入ってしまった。ジョホール州では、シンガポールの目と鼻の先の海域を埋め立てて、中国資本による「フォレストシティー」の建設が進んでいる。この新都市には将来70万の居住民が見込まれているが、その多くは中国人となるのではという噂が広がっている。噂が正しければ、中国の事実上の飛び地がマレーシア国内にできることになる。

 

一方、クアラルンプールの都心では、「エクスチェンジ 106タワー」が中国系建設会社の受注により記録破りの速さで建設中だ。高さにおいて第一次マハティール政権の別の国家プロジェクトだった「ペトロナス・ツインタワー」をすでに抜き、 マレーシアでの中国の高まる存在感を象徴している。

 

このように、マレーシアが中国の経済圏に組み込まれようとしているタイミングで、第二次マハティール政権が発足した。中国マネーによって自らの延命を図っていたナジブ政権とは対照的な、「マレーシア国民第一」主義をとる新政権が、国益を損ねるプロジェクトを見直しないし中止するのは当然のことだった。

 

そのために、マハティール首相は、自ら組織した「賢人会議」の長であり、自らの長年の盟友であるダイム・ザイヌディン氏を中国に送りマレーシア政府の方針を伝えて理解を求める一方、中国からの交渉団を招いて、既存のプロジェクトに対する融資条件について再交渉を活発化させている。

 

このような新政府の努力の裏には、現行の中国からの借款によるプロジェクトがマレーシアの利益に反するだけでなく、中国の長期的な利益にもならないという認識があるようで、両国間の真のウィン・ウィンを求める動きとして評価できる。ただし、海外からの直接投資(FDI)はマレーシアに正の経済効果があるということで、中国からのものも含め、歓迎の姿勢を維持している。

 

中国経済の国内経済への浸透は、程度の差こそあれ東南アジア各国で起きている。これと呼応するように、沿岸5カ国が島嶼の領有権や排他的な経済・利用権を巡って争っている南シナ海で、中国の影響力が、多数の人工島の造成と軍事基地の設置などを通じて高まっている。

 

中国との現実的なウィン・ウィンの関係を模索

 

これらの中国のいわば地域覇権確立の動きに対してマハティール政権がとる政策は、一部で言われているような「中国封じ込め政策」や「中国対抗政策」のようなものにはならないと感じる。マハティール首相自身、「遠くからやってきて我々の土地を植民地にした欧米諸国とよりも、強大な隣人でありながら我々の土地を植民地にしなかった中国との方がうまくやっていける」という中国観を長年抱いている。

 

中国が東南アジアで圧倒的な影響力を行使するようになることは間違いないだろう。この点において、かつて中国の明の時代(1368年-1644年)に行われていた「朝貢貿易」制度が思い起こされる。この制度の下、東南アジアの諸王国は、自国の産物を明の宮廷に貢物として納めたが、明の宮廷はしばしばそれらを上回る品々で応じたという。また、明は東南アジア各王国の間の争いを裁いたり調停したりするなど政治的な影響力も行使した。

 

今後、21世紀版「朝貢貿易」制度が、中国と東南アジア各国との間に形成される可能性が高いと感じる。

 

マハティール首相は、先日のCNNとのインタビューで、南シナ海で中国がその存在感を高めていることに対して、「強大な中国と戦う事は不可能だ」と軍事力によって中国に対抗することを否定した。その代わり、「中国の富と力からどのような利益を引き出すかが、わが国が現在求めていることだ。現実は受け入れるべきだ」と述べた。

 

つまり、中国への求心力を強める東南アジアという現実の中で、中国に軍事的に立ち向かうのでも全面服従するのではなく、外交手段によって主張すべきは主張して、マレーシアの国益を最大限に実現し、中国との真のウィン・ウィンな関係を追求すること。極めて現実的な姿勢がそこにある。

 

第二次マハティール政権のこの対中政策は、東南アジアの他の諸国にとっても良いお手本になるだろう。

 

おおいし・みきお

1990年代初頭から、マレーシア、ニュージーランド、ブルネイを拠点に主に東南アジアの紛争解決のための研究と教育と実践を行う。英国ブラッドフォード大学平和学博士。現在、マレーシア・サバ大学准教授。

記事掲載日時:2018年07月31日 16:51