icon-plane なぜマレーシア人には「語学の天才」が多いのか

なぜマレーシア人には「語学の天才」が多いのか

 

マレーシアにきて、マレーシア人の語学能力に驚いた経験を持つ方も多いのではないでしょうか。日本語もYoutubeで自習して覚えたという人が少なくなく、文章を書ける人もいます。果たして、なぜ彼らはここまで語学能力が高いのか、モナッシュ大学の渡部先生に解説してもらいました。

 

先日、グラブを使って移動していたところ、マレー系のドライバーさんが、流暢な日本語で話しかけてきた。あまりに上手で、びっくりした。聞くと、日本で3か月だけ働いたことがあるそうだ。しかし、彼の日本語レベルはとても3か月でマスターしたとは思えないくらい凄かった。

 

そもそも日本で働いたのは、日本語がある程度話せるからだったそうで、つまり日本に行く前から日本語は話せたことになる。それをどうやって勉強したのかと聞くと

 

J-POPだよ。J-POPは歌詞の意味が深いね。いろいろ調べて、一緒に歌っていたらいろいろ話せるようになったよ

 

ちょっと信じられなかった。ちなみに好きだったのは、X-JAPANとモーニング娘。だったそうで、「AKBとかよりも、ずっと歌うまくてかわいかったよ」と話していた。

 

そして話を聞くと、彼は、マレー語はもちろん、他にフランス語、スペイン後、中国語、英語が話せるそうだ。フランス語は、フランスのカーアクション映画「TAXi」のシリーズ、全5作を観まくってマスターし、スペイン語は付き合っていたスペイン人の彼女から教わり、中国語はマンダリンスクールに通っていたのでネイティブ並みに話すことができるそうだ。

 

マレーシアには「語学の天才」が多い

 

まあ、一言で言えば、彼は語学の天才だ。いまだに英語で苦労し、マレーシアに来て5年も経つのに、マレー語や中国語の簡単な会話もままならない筆者にとっては、驚愕の連続だった。彼がJ-POPを聞く以上に洋楽を聞いてきたはずだが、海外に実際に暮らすまで一向に英語は上達しなかった。

 

この例に限らず、マレーシアは数か国語を話せる人は多く、筆者が日本人であることがわかると、簡単な日本語で話しかけてくれる機会が多々ある。読者の皆さんも経験があるだろう。

 

実際に調査をしたわけではないので、確かなことは言えないものの、どうもマレーシア人は(一般的に言って)日本人よりも総じて語学習得能力が高いように思える。娘がこちらのインターナショナルスクールの小学一年生に入学するとき、同級生のインド系マレーシア人の子は、すでに3か国語話せていた。日本で研修を半年や1年してきたというマレーシア人の話す日本語は、こちらがびっくりするくらい上達していることが多いように思う。

 

「文化的淘汰」で多言語能力が向上する?

 

もしこの観察が正しいならば、多言語習得能力について「文化的淘汰」と呼ばれるものが、働いている可能性がある。「淘汰」とは進化生物学の用語で、自然環境に適応できるものだけが生き残って子孫を増やせるという論理である。簡単に言えば、それと同じように、文化的な環境によっても「淘汰」が起こるという考えが、文化的淘汰である。

 

つまり、昔から世界の貿易拠点だったマレーシアでは、文化的に多言語を話せる人の方が生き残りやすかったというメカニズムが働いていたのかもしれない。

 

同じことはヨーロッパに行っても感じる。地域差こそあれ、ヨーロッパ人は2-3か国語話せる人が多い。もちろん、それぞれの言語が構造的に似ているという要因もあるが、それならばアメリカ人ももっとたくさん言語が話せてしかるべきだ。

 

アメリカ人の自虐的なジョークにこんなものがある。

 

「2か国語を話せる人は『バイリンガルと』呼ばれ、3か国語を話せる人は『トリリンガル』と呼ばれます。では、1か国語しか話せない人は何と呼ばれるでしょうか?」

 

答えは

 

「アメリカン!」

 

というものだ。本当の正解は『モノリンガル』だが、アメリカ人が英語しか話せないことを揶揄した自虐ネタである。だが、この答えを「日本人」としても、ほぼ当てはまってしまうような気がするので、あまり笑えるものではない。

 

複数言語を扱うと「言語能力以上」のコミュ力が身につく

 

ここで本当に大切なことは、複数の言語でコミュニケーションできることは、言語能力以上の「コミュ力」を身に着ける機会が多いということだ。伝えたいことを、違う言い方や言語で言い換える訓練を常にしているため、本当に重要な情報とそうでないものを峻別する力や、言語以外のコミュニケーション手段、身振り手振り表情などをうまく使うスキルが身に着きやすい。

 

そしてこれは、現在のグローバル社会において、非常に重要なスキルになる。異なるバックグラウンドの人々とコミュニケーションをとらなくてならない機会が多くなれば、重要なことを効率的に伝えるスキルが必須となるからだ。

 

マレーシア人はそういった能力に長けているように、筆者には思える。実際、筆者の勤めるモナッシュ大学のオーストラリア本校から来た教授が、マレーシアの大学院生のプレゼンテーションを聞いて「オーストラリアの学生よりも、プレゼンが上手だ!」と驚いていた。

 

一方、特定の文化圏の特定の言語だけで、同じ文化、同じ言語の人々とだけ、コミュニケーションをしていると、そのような能力は身に付きにくいだろう。そう考えると、日本人は不利だ。多言語習得能力を伸ばすような文化的背景がない上に、国内にいると異文化コミュニケーションの機会も少ない。

 

その意味では、日本人は言語とコミュニケーションに関して、いささかハンデを背負っているのかもしれない。だが、それであきらめていては、これからの世の中、生き抜いていけない。とにかく、ハンデを埋めるべく、頑張らねばならないのだ。

 

それでも、マレーシア在住の日本人はまだ、恵まれている。マレーシアという異文化コミュニケーションのトレーニングセンターに住んでいるのだ。この機会を活かさない手はないだろう。

 

筆者もサボっていた中国語のヒアリングを明日から再開しようと思う。

 

 

渡部 幹(わたべ・もとき)
モナッシュ大学マレーシア校 スクールオブビジネス ニューロビジネス分野 准教授

 

UCLA社会学研究科Ph.Dコース修了。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。現在はニューロビジネスという大脳生理学と経営学の融合プロジェクトのディレクターを務めている。社会心理学を中心として、社会神経科学、行動経済学を横断するような研究を行っている。また2008年に共著で出版した講談社新書『不機嫌な職場』が28万部のヒットとなったことをきっかけに、組織行動論、メンタルヘルス分野にも研究領域を拡げ、企業研修やビジネス講師等も行っている。
代表的な著書に『不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか』(共著、講談社刊)。その他『ソフトローの基礎理論』(有斐閣刊)、『入門・政経経済学方法論』、『フリーライダー あなたの隣のただのり社員』 (共著、講談社)など多数。

 

記事掲載日時:2018年10月24日 12:24