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日本の仕事はなぜ複雑化するのか

 

日本との仕事は何重もの「委託業者」が間に入り、複雑化することが多い。それには、日本独特の慣習と、コミュニケーションの特徴が大きく関係しているようだ。

 

先日、こちらで「エージェント」のお仕事をしている人の話を伺う機会があった。平たく言えば、マーレシアでビジネスを行いたいと思っている日本人や日本の会社のお手伝いをする仕事だ。
 

 

ところが、彼には、依頼主から直接連絡が来ることはほとんどない。彼に連絡をしてくるのは、たいていの場合、依頼主から委託された「日本のエージェント」だ。その日本のエージェントが1つならばまだいい。間に2つの国内エージェントが噛んでいることもままあるという。

 

そうすると、中間エージェントと直接やりとりをすることになり、依頼主とはやり取りできない。その結果、中間エージェント同士で言っていることが違っていたり、中間エージェント自身のための、余分な仕事が加わってきたりすることがよくあるそうだ。実際に要望通り仕事をしても、後から依頼主からクレームが来て、よく聞くと依頼主の言っていることと中間エージェントから聞かされたことが、全然違っていることもあった。それは中間エージェントが、依頼主に報告すべき事項を報告していなかったからそうなったのだが、そういうときに限って中間エージェントはバックレて、責任をすべて末端の彼に押し付けてくることもある。

 

もちろん、上記のようなひどい中間エージェントばかりではなく、良いエージェントもいるが、中間にいくつもエージェントが入ると、それだけで連絡は煩雑になるし、行き違いも多くなる。依頼主が直接言ってきてくれればいいのに、と思うことが多々あるそうだ。

 

依頼主―エージェントの関係で仕事を進めることは、ビジネスでは一般的だ。例えば、株主が経営陣に経営権を「委託」して、経営を進めてもらうのも、依頼主―エージェントの関係になるし、上司が部下に権限を委譲して、プロジェクトを進めてもらうのもそうだ。留学を考えている人が、手続きの代行を会社にしてもらう、旅行をしたい人が代理店にいって、ビザなどの書類鉄続きをしてもらう、など、日常でも、「依頼主―エージェント」の関係はいたるところにある。

 

ちょっと変わった日本のビジネス慣習

 

そして、この関係は、潜在的にある問題を孕んでいる。それは経済学で、「プリンシパル-エージェント問題」と呼ばれる問題だ。依頼主にとっては、エージェントが自分の要望通りに働いてくれているかを逐一チェックするのは難しい。エージェントが手抜きをしたり、利益を私物化したりしても、気づかないことがままある。エージェントからしても、安い賃金しかもらえないならば、依頼主の要望通りになど仕事する気にもならない。そうすると、潜在的に、エージェントは依頼主を「裏切る」可能性がでてくる。

 

経済学では、この問題を解決するために、どんな賃金体系(インセンティブ)が必要か、どんなモニタリング制度や罰則制度が効果をもつかなどの研究が行われている。

 

残念ながら、そのエージェントさんが直面している問題は、これらの研究では解決できない。これらの研究はある大きな前提を持っていて、現実にはその前提が満たされていないからだ。

 

それは依頼主が、数あるエージェントの中から、自分が一番良いと思うエージェントを選べるという「市場(マーケット)」があるという前提だ。市場原理という言葉通り、理論的には、依頼主はすべてのエージェントにアクセスでき、また契約を切ることもできることが基本前提となっている。

 

日本社会のビジネス慣習のひとつの特徴は「コミットメント」にあると言われている。コミットメントとは、一度ある相手と取引を行うと、容易には別の相手に変えず、ずっとその相手と取引をするという行動を意味する。みなが、このような行動をとると市場原理ははたらかない。より良いサービス、新しい革新的なサービスのできる新規参入者がいたとしても、弾かれる可能性が高い。自然と、既得権益ができやすく、癒着や談合などの不正も起こりやすくなる。

 

そして何より奇妙なのは、日本のエージェントシステムは、冒頭の例のように幾重にもなっていて、依頼主と現場エージェントが直接連絡をとることが難しい場合が多い。

 

こうなった原因は、日本人がマーケット慣れしていないからだ。相手との関係構築のために、かなりの時間と労力を費やす一方で、新しい関係づくりには消極的になる。結果としてビジネスにスピードは遅くなり、素早い変化には対応できなくなる。

 

例えば、依頼主が日本国内でなく、直接マレーシアにいるエージェントを探してくれれば、ビジネスはもっと早く効率的に進むはずだ。中間エージェントの料金も節約できる。インターネットやフェイスブックが発達している昨今では、そういうエージェントを探すのは難しくない。しかし、日本の伝統的ビジネス慣習になれている人々はそれを躊躇してしまう。

 

なぜ躊躇してしまうのか。それは平たく言えば、「コミュ障」だからだ。コミュニケーション能力は、今ある関係を円滑にするためだけのものではない。多くの日本人は、「いまの関係をどうするか」に心を砕くが、いまもっと重要性を増しているのは「新しい関係をどう作るか」の方だ。

 

「新しい関係づくり」がキーポイント

 

先週書いたように、語学の達人が多いマレーシア人には、話しやすい人が多い。余計な背景情報などなくても、オープンに話を聞いてくれる人が多いし、日本に興味を持ってくれている人も多い。彼らとの付き合いを拡げることで、日本人が苦手としている「関係拡張能力」を鍛えられるはずだ。

 

その能力は、将来かならず役に立つはずだ。すでにあるコネクションやコネクションを持つ人を探すのではなく、自分でコネクションを作るのだ。別にいきなり深い付き合いをする必要はない。相手に興味を持ち、相手が何をやってきて、どんな人なのかを知ればいいのだ。

 

そしてその人に何かを尋ねたいときに、連絡を取る。それだけだ。ビジネスにしろ、個人的な人間関係にしろ、このことは、実はものすごいパワーを持つ。

 

この能力は社会学で「社会関係資本」と呼ばれるものだ。社会関係やネットワークを作る能力で、他者と一緒に働いていける能力にもつながる。その重要性は私たちのように外国に住んでいる方がよくわかるはずだと思う。

 

子供の通う学校の父兄との交流でもいい、仕事では普段会わない部署の人々との交流でもいい、何かしら気軽に交流を始めることだ。相手が自分のことをどう思うか、という恥の文化は、マレーシアでは日本ほど強くない。あまり気にせずリラックスして会話を楽しめばいい、それが財産になっていると、ある日突然気づくはずだ。

 

渡部 幹(わたべ・もとき)
モナッシュ大学マレーシア校 スクールオブビジネス ニューロビジネス分野 准教授

 

UCLA社会学研究科Ph.Dコース修了。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。現在はニューロビジネスという大脳生理学と経営学の融合プロジェクトのディレクターを務めている。社会心理学を中心として、社会神経科学、行動経済学を横断するような研究を行っている。また2008年に共著で出版した講談社新書『不機嫌な職場』が28万部のヒットとなったことをきっかけに、組織行動論、メンタルヘルス分野にも研究領域を拡げ、企業研修やビジネス講師等も行っている。
代表的な著書に『不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか』(共著、講談社刊)。その他『ソフトローの基礎理論』(有斐閣刊)、『入門・政経経済学方法論』、『フリーライダー あなたの隣のただのり社員』 (共著、講談社)など多数。

 

 

記事掲載日時:2018年11月06日 15:45