icon-plane ラブアン島で戦没者追悼記念日(リメンブランス・デー)

ラブアン島で戦没者追悼記念日(リメンブランス・デー)

 

ラブアン島で戦没者追悼記念日(リメンブランス・デー)が行われた。(マレーシアマガジン=野本響子)

 

2018年11月11日、マレーシアの連邦直轄地であるラブアン島で戦没者追悼記念日(リメンブランス・デー)が行われた。これは第一次世界大戦の終了と共に慰霊を目的に世界的に行われている行事。2018年11月11日は、第一次世界大戦が終わってから100周年の記念日となる。第二次世界大戦後は、すべての戦争についての慰霊を行うようになった。主催はマレーシアのラブアン・コーポレーション(ラブアンの行政機関)。

 

10日には前日のディナーで、ラブアン・コーポレーションのB Tuan Haji Khalid bin Abd. Samad大臣がスピーチし、「戦争はただダメージと惨めさを生み出すだけのものだ。このイベントを通して、戦争が解決法ではないことを伝えていきたい」と話した。

 

 


 

11月11日の追悼記念日には、各国から遺族が集まり慰霊式典が行われた。マレーシア人をはじめ、さまざまな国籍・宗教を持つ遺族らが集まった。式典の祈祷はイスラム教、キリスト教、ヒンズー教、シク教に分かれてそれぞれの方法で行われた。

 

 

ラブアン島の墓地には、オーストラリア、イギリス、インド、ニュージーランドそして、マレーシアの3908人が眠っており、マレーシアで最も大きい戦没者墓地となっている。うち2156の墓が身元がわかっていない。わかっているうち、1523が戦士、220人が空軍、5人が海軍で4人が民間人だという。内訳は814人がイギリス、858人がオーストラリア、1人がニュージーランド、43人がインド、36人がマレーシアだそうだ。元々は、多くの墓地がサンダカンにあったのだが、現地の状態が悪かったため、すべてラブアンに運ばれたという。

 

ラブアン島は第二次世界大戦の戦地となり、日本軍の降伏地点も残されている。今回のイベントを共同運営したディスティネーション・ボルネオ社のウィリー・テオさんによれば、主に北ボルネオでは、マレーシア人でもボランティアとして従軍した人たちがいたそうだ。「ぜひ多くの日本人にラブアン島に来てボルネオで何が起きたかを見て欲しい」とのことだ。

 

記事掲載日時:2018年11月16日 14:47