icon-plane 東南アジアでプロサッカープレイヤーになるーー中武駿介さんインタビュー 前編

東南アジアでプロサッカープレイヤーになるーー中武駿介さんインタビュー 前編

 

海外で活躍するスポーツ選手が増えている。ここマレーシアでも例外ではなく、実は日本からプロとしてやってくる選手がいる。今回お話を伺う中武駿介選手もそんな一人だ。一体、なぜマレーシアに来たのか。今回はそこから聞いてみよう。(マレーシアマガジン=上地依理子)

 

高校・大学とプロから声がかからず焦った日々

 

中武駿介(なかたけしゅんすけ)選手。1990年生まれ。神奈川大学サッカー部でプレーし大学卒業後、単身でシンガポールへ。現在はマレーシアのNegeri Sembilan FAに所属。

 

ーー最初になぜサッカーを始めたのですか
サッカーを始めたのは小学2年生8歳の時です。
父親が買ってきたキャプテン翼の漫画を読んで、面白そうだなって思って、小学校のスポーツ団で始めました。最初本当にただやってみようと感じでしたが、それからはのめり込みました。

 

中学校からクラブチームに入りました。ところが高校ではメンバーが7人くらいしかいない状態で、なかなか大変でした。高校を出てプロになる選手が多いと聞いていたので、焦りもありました。結局プロからは声かからず、焦ったり、悩んだりしました。

 

高校までは宮城でしたが、大学は神奈川大学でプレーしました。レベルの高い関東でやりたい、もしくは高校からプロに行きたいと。

 

大学時代にJリーグから声がかからなかったら、サッカーをやめようと決めていました。大学3年、4年になると、なんとなくわかるのですが、声がかかる気配はありませんでした。一般の会社で就活を初めて、内定もいくつかいただきました。

 

大学4年生の時にキャプテンになりましたが、自分の代で1部リーグから2部に落ちてしまったんです。本当にやりきれなさを感じました。「こういうサッカーの終わり方も嫌だ」と思い、内定いただいていた会社を辞退して、サッカーを続ける決心をしました。

 

ーー海外に単身で挑戦することに不安な点はありましたか?

 

親には心配かけましたが、不安よりもどうにかしなきゃいけない必死さの方が勝っていたと思います。

 

ーーなぜシンガポールに行ったのですか?

 

サッカーを続ける決心はしたのですが、やっぱり日本では厳しい。たまたま、後輩の知り合いがシンガポールでサッカースクールとか、プロサッカーチームのエージェントをしていて、連絡してシンガポールに渡りました。

 

しかし1年目はプロ契約をすることができませんでした。シンガポールは移籍の受け入れが夏と冬の、年に2回あります。夏は限られた選手しか移動できないので、冬のマーケットを狙いました。最初の1年間は苦しみました。

 

プロとしての契約がない間は、アマチュアチームに所属していました。そのチームは練習が週2回ほど。選手の人数が集まっても4、5人いるかいないか。状況が悪いなかでも、やるしかないなと。その頃はサッカーのフィットネスや技術の部分のメンテナンスや維持が大変でした。

 

マレーシアのサッカーファンの熱気に驚く

ーー何がきっかけでシンガポールからマレーシアへ?
シンガポールに行って2年目、ついにプロから声がかかりました。そして、マレーシアのセランゴール代表との試合にシンガポールの選抜として出場しました。マレーシアに行ったら、フルで7万人くらい入るスタジアムでプレーして、シンガポールでは感じなかった熱気と活気を感じ、マレーシアでサッカーをしたいという気持ちが芽生えました。

 

3年目のシーズンは、途中で肩を手術して、シンガポールのチームから契約を切られてしまいました。そこで、この機会でマレーシアにトライすることを決意。運よく声をかけてもらえました。

 

ーーどうやって声がかかるんですか?
こっちの移籍って、基本的にフェイスブックとかのメッセンジャーでエージェントから連絡が来るんです。自分でフェイスブックとかに動画を投稿し、それを見た世界各国のエージェントから連絡がきます。その中でやり取りを繰り返し、なんとなく信頼できそうな人を選びました。

 

マレーシアで最初はクアンタンのチームに所属しました。最初に1週間トライアル期間を設けられました。なのに、結局2週間いることになり、試合も6試合くらい出場させられ、めちゃくちゃでした(笑)。トライアル期間中も新しい外国人が10人くらい来て、試合をします。1試合終わってまた新しい外国人が10人来て、帰らされてっていう光景を見て、メンタルも少しやられました。そういうサバイバルの世界であることをシンガポールよりも感じました。

 

トライアルからクアンタンに契約して

 

クアンタンのチームとは最初1年契約しました。最初の7試合プレーしたあとに膝を怪我し手術して。でも最初の7試合をチームの人が評価してくれて、次の年も契約更新してくれ本当に助かりました。でも契約上のトラブルがありました。本当は2年目で変えたかったのですが自分も動ける状態じゃなかったので残るしかなかったんです。それで運良く去年、PDRM FAというチームとサインしてマレーシアに残れました。

 

今はマレーシアで4年目。今年もチーム変え、現在はNegeri Sembilan FAに所属しています。

 

次回は中武選手がマレーシアでサッカーをして感じたことを伺います。

 

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中武駿介選手FB アカウント Shunsuke Nakatake
https://www.facebook.com/take.football.jp/

記事掲載日時:2019年07月09日 19:48