icon-plane 第17回 マレーシア野党は政権を取ることができるのか

第17回 マレーシア野党は政権を取ることができるのか

 

 

 

選挙が近づくマレーシア。前回まで数回にわたりマレーシアの与党を紹介しましたが、今回から野党をご紹介します。野党はかなり複雑なので、2回に分けます。まずは、もっとも古い政党PASをみてみましょう。

 

さまざまな野党が乱立

 

マレーシアでは大小政党10政党以上による大連立組織「国民戦線」が70年代から一貫して国会の議席を占めてきました。これを打ち負かすには野党の結集が不可欠なのですが、うまくいかないのが現状です。どうしてでしょうか。

 

 現在、国会で議席のある主な野党は次の政党です。

 

 ・汎マレーシア・イスラーム党(PAS)
 ・民主行動党(DAP)
 ・人民正義党(PKR)

 

 議席のない政党もありますが割愛します。今回はこのうち、もっとも歴史が古く、東海岸で政権を握るPASについて見てみましょう。

 

東海岸で政権を握るイスラム色の強いPAS

 最も古いのはPASです。PASは独立前の1951年にイスラーム教の教えを党是とし、マレー人の保護などを目的として設立されました。
 
この設立年は重要です。前々回にお話したように、統一マレー国民組織(UMNO)のダトー・オンはマレー人以外の民族との協力が独立には必須と認識し、党員を他民族にも拡大しようと試みました。結果的に失敗しますが、PASが出現した理由はこれが原因でもあるのです。PASはマレー人保護とイスラーム主義を標榜。このため、PASができた当初はUMNOとPASの二重党籍の幹部も多く、両政党の区別がいまいちはっきりしなかったのです。

 

 1955年には立法会議議員選挙がありました。独立に向けた大変重要な選挙でしたが、結果は連盟党が52議席中51議席を占めた一方、PASは残り1議席を確保したのです。
 独立後の下院議員総選挙でも一定の議席を取り、野党として活動する一方で、イスラム色の強いクランタン州やトレンガヌ州では州議会で過半数を制して長年、州政与党という位置にあります。

 

 そして、1969年の人種暴動がきっかけで、連邦政府は政治的な安定のため1973年にできた国民戦線(BN)にPASを取り込みます。注意したいのは、PASは設立当初から1971年までは政治活動以外の活動をしており、「汎マレーシア・イスラーム協会」という名前でしたが、政治活動に特化するため汎マレーシア・イスラーム党と名称変更したことです。暴動でマレー人の政治的な位置に危機感をもったことがきっかけだったのではないでしょうか。

 

 しかしながら、BNのメンバーとなったのも束の間です。1977年にPASのお膝元でもある州議会で州首相の選定をめぐってPASはUMNOと対立。連邦政府はクランタン州に非常事態宣言を発令して、事態収集に動きましたが、結果的にPASはBNを離脱しました。

 

 その後、PASは一貫して国政では野党です。1980年代にはイスラーム国家の設立を党是とし、急進的な方向に向かい、支持を失ったこともあります。この党是は現在も変わっていません。PASが政権を握るクランタン州やトレンガヌ州でイスラーム色が非常に強いのはこのためです。

 

 次回はDAPとPKRなどをご紹介し、野党の連合についてもお話します。

 

 

伊藤充臣■在馬12年目。マラヤ大学の歴史学科で修士号と博士号をだらだらと10年がかりで取得。趣味は読書と語学勉強。最近は日本の小説に読みふけっていると同時にミャンマー語の勉強も始めた。

 

記事掲載日時:2018年03月06日 00:34