icon-plane まだ認知されていないマレーシアの教育の高さ

まだ認知されていないマレーシアの教育の高さ

 

国際学会では英語が共通言語となっているところが多い。今回は、オーストラリアの学会で見た「中国人の多い国際学会」で見聞きしたことをきっかけに、グローバルな時代の教育について考える。

 

先週、出張でオーストラリアのメルボルンに出張行ってきた。国際学会での発表だったのだが、筆者がこれまで経験した国際学会とはちょっと違っていて面白かった。

 

参加者のほぼ8割が中国人、しかも特定の大学からの人々だった。からくりは簡単、開催費の多くをその大学が負担しているのだ。ホスト大学には、オーストラリアの大学とその中国の大学の2つが併記されていたが、働いているスタッフのほとんどは中国の大学からのもので、まるで中国での学会のようだった。

 

言語のハンデとプレゼンの訓練

 

そこでの招待講演者は、でも全員が西洋人で、地元オーストラリアに加え、アメリカやイギリスからの著名大学の著名な学者を呼んでいた。一方で、学会発表者は大多数が中国人で、まれに日本人、東ヨーロッパ人が混じっている程度だった。

 

つまり、招待講演者を除くと、ほとんどが英語を母国語としていない人々が発表をしているため、かなり皆言語には苦戦する学会となる。そんな中、筆者の大学の学生は普段英語で教育を受けていることもあり、学会発表のクオリティは高かった。逆に中国の大学の学生や日本の大学の学生には、どうしても言語的ハンデが伴う。

 

それに加え、実はこれらの国では、効果的な学会発表のノウハウをきちんと訓練されていない。学会発表、特に国際学会発表では、もともと英語の不得意な人もたくさんくるため、実はそれに応じたノウハウやスキルが必要となる。

 

母国語が統一されていない学会では、あまり細かい研究発表を行っても誰もわかってくれない。ざっくりと、自分のやった研究の骨子を理解してもらい、それが面白くて重要だということをアピールしなくてはならない。

 

極端に言えば、研究の内容などあまりわかってもらわなくてもいい。「面白そうだ。この人の論文を読んでみたい」と思わせれば、それで目的達成である。例えるならば、映画の予告編と同じだ。ストーリーは完全には明らかにならないが、「何についての話か」を分からせ、「映画館で本編を見たい」と思わせるような魅力的なシーンを編集することで興味を引く。

 

学会発表のテクニックも同じで、自分の研究の「美味しいところ」をわかりやすくプレゼンしなくてならない。それには、さまざまなスキルを身に着ける必要があるが、米国や欧州の学校では、小さなころからそれを訓練される。オーディエンスの目を見て話す、抽象的な概念を言うときには、必ず具体例を添える、などはスピーチにおける基礎中の基礎だが、日本や中国の小学校でそれらを体系的に教えたりはしない。

 

問題は、そういう訓練を受けていない先生のもとでは、学生も発表の仕方などを学ぶ機会がなくなってしまうことだ。今回中国と日本の学生を見ていると、そのディスアドバンテージを感じた。幸い筆者は、米国で教育を受けた先生のもとで指導を受けたため、これらのテクニックを得ることができたが、これはたまたま運が良かっただけの話である。折角良い研究アイディアであっても、発表に見向きもされなければ、実力を発揮できないまま終わってしまうことも多い。

 

マレーシアのインターナショナル・スクールの優位性

 

ただ、いま中国の大学が、急速に国際化を進めている。この学会への大規模投資もその一環だ。今はまだ経験が浅いが、学生さんがこのような経験をたくさん積むことで、上記の問題も解消していくだろう。

 

筆者の個人的な経験では、国際学会でのプレゼンの上手さは、アメリカ人とマレーシア人がトップレベルだと感じている。その理由は、どちらの国も多文化多人種で、英語が得意な人から苦手な人まで、大きなダイバーシティがあることだ。もう一つの理由としては、どちらの国でも、上記のプレゼンスキルを磨く訓練を学校で行っている点である。

 

マレーシアの学校、とくにインターナショナルスクールや大学で、英語ベースで勉強することは、多くの日本人にとってとてもよいチャンスだと筆者は感じている。他の英語圏に比べればコストは低いし、きちんと学校を選べば、イギリスやオーストラリアや北米方式のきちんとしたプログラムのもとで学ぶことができる。

 

そういった土壌のない、中国や日本はまだ苦戦しているように思える。ならば、マレーシアに住む私たちは、アドバンテージを持っているはずだ。

 

ただ、ひとつ悔しかったのは、中国からのスタッフや学生が、マレーシアについてほとんど知らず、かつ興味も薄かったことだ。「大国」中国からみると、(少なくとも学問の分野で)興味を持つのは、まずは米国、欧州なのだろう。だが、筆者の大学の学生の質を見る限り、ほとんどの中国人学生よりも良い発表だったと思っている。マレーシアの大学に勤務するものとして、マレーシアの教育の質の高さをもっと認知してもらわなくては、と感じた学会だった。

 

 

渡部 幹(わたべ・もとき)
モナッシュ大学マレーシア校 スクールオブビジネス ニューロビジネス分野 准教授

 

UCLA社会学研究科Ph.Dコース修了。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。現在はニューロビジネスという大脳生理学と経営学の融合プロジェクトのディレクターを務めている。社会心理学を中心として、社会神経科学、行動経済学を横断するような研究を行っている。また2008年に共著で出版した講談社新書『不機嫌な職場』が28万部のヒットとなったことをきっかけに、組織行動論、メンタルヘルス分野にも研究領域を拡げ、企業研修やビジネス講師等も行っている。
代表的な著書に『不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか』(共著、講談社刊)。その他『ソフトローの基礎理論』(有斐閣刊)、『入門・政経経済学方法論』、『フリーライダー あなたの隣のただのり社員』 (共著、講談社)など多数。

 

記事掲載日時:2018年08月08日 10:36